今回は、これまでの無菌室消毒ロボット「ロボサニタン」の話題から離れ、筆者のロボット開発に多大な影響を与えた社外プロジェクトを振り返ります。最先端技術が集約された産学官連携プロジェクトへの参加は、企業の研究開発における中長期目標および技術ロードマップを策定するうえで重要な指針となります。実際、筆者も研究開発の方向性を決定する際の土台となりました。
筆者がロボット研究を開始した頃、通商産業省(現・経済産業省)による大型開発プロジェクト「極限作業ロボット」が終了し、その成果発表がなされていました。また第1回コラムでも触れましたが、早稲田大学の「ヒューマノイドプロジェクト」や通産省の先導研究「ヒューマン・フレンドリー・ネットワーク・ロボティクス」に参加し、アールキューブ(R3)や物体認識、バーチャルリアリティなど、黎明期ならではのRT(Robot Technology)の若々しいエネルギーを肌で感じ、大きな刺激を受けました。
テレイグジスタンス技術に感銘を受ける
ご存知の方も多いと思いますが、1983~1990年にかけて実施された極限作業ロボットにて原子力プラント内で弁の分解作業などを行う半人半馬型のロボットが開発されました。ギリシャ神話のケンタウロスを彷彿とさせる外観で、4脚歩行で移動や階段の昇降などを行います。ステレオカメラと、力覚フィードバック付き4本指を有する7軸双腕マニピュレータを搭載し、テレイグジスタンス技術により遠隔操作で指先でナットを回したり、スパナを使って作業したりする優れものでした。
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ロボット研究をスタートしたばかりだった筆者は、シンポジウムなどで紹介されるビデオ映像に感銘を受けるとともに、テレイグジスタンス技術が実用レベルに到達していることを知りました。一方、歩行制御技術については歩行速度が300m/hだったことから、実用化にはほど遠く感じられました。その後、筆者はテレイグジスタンスによる作業をロボット自身にさせてみたいと考え、アクティブビジョンによる物体認識技術の研究を始めています。
極限作業ロボットの歩行制御技術は“まだまだ”のように感じられましたが当時、歩行ロボットの研究は早稲田大学が突出していました。早大は長年にわたり2足歩行ロボットや鍵盤楽器演奏ロボットなどヒューマノイドの研究を行っており、1992年からは早稲田ヒューマノイドプロジェクトがスタートしました。当時、2足歩行技術は静歩行から動歩行へと進展し、また段差乗り越えなどの研究も進み、大変注目されていました。しかしながら、ケーブル類でつながれた状態での歩行であり、実用化に至るには相当な時間を要するように感じられました。
筆者は歩行ロボットに強い興味を抱いていましたが、企業人である以上、商品化を前提に検討しなければなりませんので、これらの技術とはいったん距離を置き、車輪型自律移動機構の開発を始めました。これまでに紹介したロボサニタンの開発につながるわけです。とはいえ、後述のように同プロジェクトに参加することになります。
この頃すでに、ホンダ(本田技術研究所)では密かに2足歩行ロボットの研究を始められていました。モビリティの新機軸として研究開発に着手するという発想のスケールの大きさには脱帽です。ASIMOが発表された後、筆者はホンダ製のクルマに乗り換えました。
自社のロボット研究に寄与したR3構想
その後の1996年に、通産省の先導研究としてヒューマン・フレンドリー・ネットワーク・ロボティクスがスタートし、筆者も委員として参加しました。この研究は、1998から5年間にわたり実施された経産省の「人間協調・共存型ロボットシステムの研究開発」(HRP:Humanoid Robotics Project)につながる研究で、次の4つのワーキンググループ(WG)を母体に進められました。
(1)研究用アンドロイド型ロボット・プラットフォーム
(2)人間共存型ロボティクス
(3)ネットベーストロボティクス
(4)アールキューブ構想(Real-Time Remote Robotics:R3)
1996年度は、研究用アンドロイド型ロボット・プラットフォームの概念仕様の検討、人間共存型ロボティクス、ネットベーストロボティクス、アールキューブ構想の課題調査を、1997年度は研究用アンドロイド型・プラットフォームの詳細仕様・製作計画の策定、プロジェクトフォーメーションを、それぞれ実施。
筆者は、ロボサニタンの自律移動技術に役立つことに加え、アクティブビジョンとテレイグジスタンスの融合を目指したい理由から、当時・東京大学(現在は慶応大学)の舘暲(たち すすむ)先生がリーダーを務められた(4)に参加しました。R3とはテレイグジスタンス技術を用いた遠隔制御ロボットシステムで、離れたところにいるヒューマノイドが、あたかも自分自身であるかのように臨場感を持って操作できるシステムのことです。
WGでは(1)~(3)の各WGにて要素技術が開発されることを想定し、様々な企業から参加した委員がそれぞれの探索分野を分担してR3のアイデアを持ち寄ることになりました。筆者は医療福祉分野と災害救助分野を担当しました。無菌室清掃ロボットの開発経験が役立つと考えたからであり、また災害救助は阪神大震災の翌年で、やりがいがあるテーマと感じたからです。看護師ロボットや双腕の大型クローラロボット、ベッドに付き添うR3見守り・介護ロボットなどのアイデアを、使用状況を示すイメージイラストとともに発表しました。
看護師ロボットの全体イメージは、後にテムザックから商品化された「テムザック4」のようなデザインです。顔部分を曲面の液晶表示とし、遠隔操作時はオペレータ(看護師さん)の顔がリアルタイムに表示され、自律制御時はアニメティックな可愛いロボットの顔になるという仕組みを提示しました。また災害救助ロボットは、これもまた後にテムザックから発表された「T-52援竜」のような構成です。どちらも数年後に、類似のロボットが出現したことに大変驚かされました。
看護師ロボットの移動機構はテムザック4と同じく車輪移動です。医療・介護の分野では環境がバリアフリーになっており、車輪移動が効率的と考えたからです。また、レスキューロボットでは不整地移動に適したクローラが最適と考えました。
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さらに、R3見守りロボットに要求される機能についても考察し、発表しました。具体的な使用状況をイメージしつつ考察を進めるに従い、セキュリティや安全性でかなり技術的難度の高い課題が浮かんできました。
その一端を紹介すると、このロボットは無菌病室のように家族が立ち入れない病室内で看護をしたりスキンシップを伴うコミュニケーションをしたり、遠方にいる寝たきりの家族を介護したりするといった利用方法を想定していました。ただし、悪意を持つ他人にネットワーク内に侵入されると、ロボットにより物理的な作用を与えられるため、患者の生命に関わる重大な問題になります。厳重なセキュリティ管理が必須です。また、患者や被介護者などへの物理的な接触を回避するため、ロボットの全身に触覚センサを貼り巡らし、かつリアルタイムに操作者に伝達できるセンサスーツのようなデバイスと自律制御の高速安全回避機能との併用を考えましたが、大掛かりで通信速度の点などかなり難度の高いシステムとなることが予想されました。
これらの構想は、将来の要素技術の進展を期待してのものであり、ここでの考察は別途、筆者の開発に役立てています。この頃から、ロボサニタンに無線通信のカメラを搭載し、PHSによる遠隔制御で巡回監視を行うロボットの開発を始めていました。
早稲田大学ヒューマノイドプロジェクト
アールキューブWGでは、早大でヒューマノイドプロジェクトのリーダーを務めておられた橋本周司先生も委員をされ、先生と会社との間で話が進展したことから、ほどなく同プロジェクトにも参加することになりました。先生とは、当時開発中のロボサニタンをもとに共同研究テーマを検討し、これを移動部に使った環境認識自律移動ロボットを研究することになりました。最近、関連文献を調査したところ、バイオメカニズム学会誌に寄稿されているのを発見しました(バイオメカニズム学会誌,vol.24 No.4 ,2000)。
「図6 能動的視覚ロボット」の移動部にはロボサニタンを用いています。能動的視覚ロボットは自ら計画して移動しながらアクティブビジョン(視覚情報により目的に応じてカメラそのものの動きを制御)により環境中の特徴物を抽出、ランドマークとして記憶し、環境地図を生成します。ランドマークの抽出では環境中の物体の色や形状だけでなく、柱時計の振り子のような動きも特徴として認識するとのことでした。筆者の開発チームは、この研究を支援すべくロボサニタンの機能追加に取り組みました。
先端技術の研究開発は社会の活性化に
改めて振り返ってみると、外部プロジェクトから得たものは大きかったと言えます。第3回で紹介したように、ターゲット市場に深く入り込んで現場を調査し、製品仕様にフィードバックすることは開発上とても大切です。それと同じぐらい、最先端の研究に触れ、そこで得た知見やアイデアにより将来のロードマップを描き、大きな視野で研究開発を進めることも重要です。
これらのプロジェクトへの参加を通じて、筆者の開発チームはR3と物体認識、自律移動を融合したアクティブビジョン搭載の汎用移動プラットフォームの開発に着手し、さらには、車輪移動型ヒューマノイドの開発を目指した、アクティブビジョンによる物体認識とマニピュレータの連動制御、表情理解によるヒューマンマシンコミュニケーション技術の研究へと開発領域を拡大していきました。
今年6月に、地球から小惑星「イトカワ」まで往復60億kmの宇宙の旅を経て小惑星探査機「はやぶさ」が帰還し、国民に大きな感動を与えました。ヒューマノイドが将来、実用化されるかどうかは議論の余地がありますが、はやぶさと同様、高い目標を持って先端技術の研究に邁進することは社会全体の活性化に寄与するはずです。また、10年、20年先を見据えた企業の研究開発にも好影響を与えるはずです。
ところが残念なことに、筆者はこれらのプロジェクトの完了を見届けることなく、研究の場を移すことになります。会社の経営方針が代わり、ロボサニタンの開発中止が決定されたためです。次回は、ロボサニタンを発展させ、2009年秋にようやく商品化となった多目的清掃ロボットの開発を紹介します。
●執筆者紹介
伴 旬作さん(Ban Syunsaku)
大手光学機器メーカーの計測機器開発部にて分光計測機器などの開発に従事した後、1991年より次世代ロボットの応用分野の探索、物体認識用ロボットビジョンの研究など、RT分野の研究開発を開始。以後、20年近くにわたり自律移動技術の応用として無菌病室床消毒ロボットや業務用清掃ロボットの実用化・製品化に取り組む。現在は、環境計測分野へのRTの応用に取り組むことを検討している。

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